高知地方裁判所 昭和57年(行ウ)1号 判決 1983年3月24日
原告 谷脇一男
被告 高知県収用委員会
代理人 川上磨姫 国沢康男 安藤文雄 東信喜 関安喜良 ほか三名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、起業者高知県知事中内力の申請にかかる一級河川仁淀川水系柳瀬川災害復旧助成工事に関する土地収用裁決申請事件について、昭和五五年四月一一日原告に対してなした権利取得及び明渡裁決はこれを取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件行政処分と本訴に至る経過
(一) 起業者高知県知事中内力(以下「起業者」という。)は、被告に対し、一級河川仁淀川水系柳瀬川災害復旧助成工事に関し、原告所有の別紙物件目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)につき、土地収用法に基づき権利取得及び明渡の各裁決を申請し(以下「本件申請」という。)、被告は、昭和五五年四月一一日これに対する裁決(以下「本件裁決」という。)をなした。
(二) 原告は、本件裁決を不服として同年五月一三日建設大臣に対し審査請求をなしたが、昭和五六年一二月一七日右審査請求を棄却する旨の裁決がなされ、その頃、裁決書の謄本が原告に送達された。
2 本件裁決の違法事由
(一)(イ) 本件申請前、起業者と原告との間には、次のような損失補償に関する合意が成立していた。
(I) 本件各土地に対する損失補償として、起業者は原告に対し、一平方メートル当り二〇〇円を支払う。
(II) 物件移転料(但し、費用は別に起業者が負担する。)として、起業者は原告に対し、三二万四〇七〇円を支払う。
(ロ) しかるに起業者は、右(I)については、一平方メートル当り一二〇円、合計六万一〇〇円、右(II)については、単に物件移転料三二万四〇七〇円として本件申請に及んだ。
(ハ) 右のとおり、本件申請につき起業者は、原告との合意と異なる虚偽の申立をなしているにも拘らず、被告はこれを看過し、本件裁決をなしたが、起業者の右申請は、原告に対する信義を破り、原告及び被告を欺いて本件裁決に致らしめたものであつて、著しく正義に反するから違法であり、したがつて、また、これを前提としてなされた本件裁決も違法というべきである。
(二)(イ) 本件各土地は、原告が経営する養豚事業のためのし尿処理場となつているが、本件各土地が収用されれば、右し尿処理場を失うことになるので、その結果原告が蒙る営業上の損失補償が必要であるところ、右の点につき原告と起業者との間で合意に達しなかつたため、右営業上の損失補償の要否につき被告の判断を求めることを目的として本件申請に及んだものである。
(ロ) しかるに被告は、本件裁決において、右の営業上の損失補償について何ら実質的な判断を示していないのであるから、本件裁決には、審理不尽、判断遺脱の違法がある。
よつて、本件裁決の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(一)(二)はいずれも認める。
2 同2(一)(イ)(I)(II)は不知。
3 同2(一)(ロ)は認める。
4 同2(一)(ハ)のうち、本件申請につき起業者が虚偽の申立をしていること、被告がこれを看過し、本件裁決をなしたことは否認し、その余は争う。
5 同2(二)(イ)のうち、原告が養豚業を営んでいることは認めるが、営業上の損失補償の要否につき被告の判断を求めることを目的として本件申請に及んだことは不知、その余は否認する。
6 同2(二)(ロ)は争う。
三 被告の主張
収用委員会を被告とする裁決取消訴訟においては、損失補償に関する違法を主張することは許されないところ、原告の本件訴における違法事由の主張は、つまるところ、損失補償の額ないしは損失の範囲に関する不服にほかならず、失当である。
四 被告の主張に対する原告の反論
1 本件は、被告主張のように、単に補償額の多寡を問題としているのではなく、前述のとおり営業上の損失補償の要否について被告が審理を尽さず、何ら実質的な判断を示さないという、本件裁決の重大かつ明白な瑕疵による違法を主張しているものである。
2 仮に請求原因2(一)記載の事由が損失補償に関する不服事由であつたとしても、同(二)記載の違法事由を理由として本件裁決の取消訴訟が存在する以上、同(二)記載の事由に同(一)記載の事由も含めて本件取消訴訟の違法事由として主張することは許されると解すべきである。
第三証拠<略>
理由
一 請求原因1(一)(二)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 収用委員会がなした裁決につき、取消訴訟においてその取消を求めることができるのは、収用又は使用に関する裁決部分についてだけであり、損失の補償に関しての不服は、起業者を被告とする損失補償の訴によらなければならないことは、土地収用法一三二条、一三三条等の規定に照らし明らかである。
また、損失補償の訴の対象となるのは、損失補償の額、方法に関する不服のみならず、損失補償の原因たる損失の範囲に関する不服も含むと解すべきである。
ところで、原告は本訴において、本件裁決の違法事由として縷縷主張するけれども、いずれの主張もその行きつくところは、本件土地の収用そのものの違法をいうものではなく、収用に伴う損失補償の額あるいは損失の範囲に関するものに帰するのであつて、本件裁決を取消すべき違法事由にはあたらないというべきであり、従つて原告の主張はこの点において主張自体失当として棄却を免れない。
三 よつて、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山口茂一 増山宏 久保雅文)
物件目録 <略>